私が女性の存在を求めたのは、精神的&生理的な自然なベクトルもありますが・・・・

彼女が欲しいと思うときというのは生活の中でいろんな局面で出てきます。まずは、どこか楽しいところに出掛けた時に強く感じます。観光ポイントとか行くと楽しいところは一人で出かけてもとても楽しいですが。その楽しみを分け合える人がいると楽しいと思うからです。女性に対して失礼な考え方になりますが、その人でなくても女性ならばいいのです。女生徒と一緒に時間を共有したら楽しいと思えるときに、「ああ、彼女がいたら」と強く感じます。

 

その次も、非常に打算的な考え方でありますが、身の回りを世話してくれる女性がいるといいなあとついつい思ってしまいます。大学生になって実家を離れてから、すべてを自分で賄うことに限界を感じていたので、同棲を始めた同じゼミの友達は本当にうらやましいと感じたことがあります。その友達が、いろいろと便利な話を聞かせてくれて、新婚夫婦の話をきいているような気になり、彼女が欲しいと痛切に感じました。ときに、夜になると激しく愛し合うとかのくだりを聞かされると余計に感じてしまいます。

 

ほどなく、バイトを精力的にこなすことで小金をためて、ついに軽ですが自動車を手にすることができました。600CCの中古で、一応走りますが、いつとまってもおかしくないようにポンコツでした。3年前の事柄です。その時も、助手席に乗ってくれる女性を強く切望したのをはっきりと覚えております。自動車でさっそうと走っている姿に憧れていて、その上、その車に女性を乗せて走っている自分の姿に憧れていたので必死になって女性を探しました。

 

自らが女性の存在を求める、あるいは女性の体を求めるというのはあまり記憶にないのですが、女性を連れていないと格好が悪いというシチュエ-ションに放り込まれて、必死に女性を探したことは何回かありました。男女同伴のパ-ティとか大学の記念セレモ二-のときとかは男女ペアが普通だったので、最初は大変つらかったです。ただそういう環境でしたので、強制的に女性を期間限定とはいえ、女性に話しかけざるを得ないということになり、親しい数人の女性はできるようになりました。