思い込みの恋でした。

20歳の時、営業事務でハウスメーカーに就職しました。配属された部署の先輩が6つ年上のSさん。美男子でもなく、ずんぐりむっくりして猫背で、でもとても綺麗な手と目にすぐに引き込まれてしまいました。

 

彼女がいるという話も聞かないし、男の人と付き合った経験のなかった私は、もうこの人と結婚するんだ、と思い込んで疑わなかったのです。

 

彼の仕事態度はちゃらんぽらんで、新人の私がいつも、もう!ちゃんとやって下さいよ!と叱りつけても笑っているような人でした。毎日楽しくて、私の態度があまりにもあからさまだったので、誰もがHちゃんはSさんの事が好きなんだね、と認識するようになっていました。Sさん本人も、もちろんわかっていたと思います。

 

彼と結婚する運命だと信じて疑わなかった私が、彼にもう何年も同棲して結婚目前の彼女がいるという事実を知ったのは彼と会ってから8か月、忘年会の時でした。誰かが、Sももうすぐ結婚か?あんまり彼女を待たせちゃだめだぞ・・・と言っているのを聞いたのです。馬鹿な私は、彼女というのが私の事かと、一瞬思いました。でも、付き合っていたわけではない私の事である筈ありません。ようやく、もうすぐ奥さんになる人が、もうとっくにいたんだと理解したのです。

 

彼に長く付き合っている彼女がいるということは、会社では周知の事実だったようです。新人の私があまりに無邪気に、大好きオーラを出しまくっていたので、誰も言えなくなってしまったのです。忘年会の後半の事は、ほとんど覚えていません。

 

でも、忘年会がお開きになったあと、Sさんが私を待っていてくれたのです。

 

ごめんね、言えなかったんだよ、もうすぐ俺、結婚するけど、Hちゃんはかわいい妹みたいな存在だから、傷つけたくなかったんだよ。本当にごめんね、と。

 

私も、ただ一言「本当に大好きだったんだもん」とだけ言いました。Sさんのコートにくるまれて、泣きました。

 

半年ほどしてSさんは彼女と結婚しました。綺麗な指に新しい結婚指輪が光っているのを目の端で切なく見ていたのを、今でも思い出します。大切な思い出です。