手が届かない先輩への想いが途切れた日

現在、35歳の主婦です。2年前、33歳時の出来事です。
私は少し前に大きな病気をしたのですが、回復後に主治医に「何でもいいからスポーツを始めてごらんなさい」と言われました。経験がないので、通いやすいのが一番だろうと思い、近所の武道教室に通い始めました。

 

初心者である私には皆さんとても親切にして下さり、楽しい日々が続きました。やがて、主人の仕事の都合で行ける日が限られてくると(小さい子供がいます)、ある一定の日にだけ来る40代の有段者に心惹かれるようになりました。

 

今までこの年代の男性に心を揺るがされたことなど全くなかったのに、その人の袴姿を遠目に見ていると、目が離せなくなるのです。実際にとても上手なので、技術的に惹かれていたのかもしれませんが、次第にその人の一挙一動を見守るようになってしまいました。

 

たまに機会をみつけて雑談をすることがあっても口数は少なく、指導に回られる際はとにかく技術のみの厳しさです。私は一体、この人のどこに惹かれているのか、自分でもわかりませんでした。結婚して10年、初めて主人以外の男性に揺さぶられたと言うのに。

 

やがて、道場内の一大イベントである昇級審査の時期が来ました。このために数か月前から念入りな練習が行われていたのです。緊張のあまり、私は1週間前から食欲もなく青ざめた顔色をしていたそうですが、ふと主人が言いました。「言いたいことがあったら、言っていいんだよ。不安とか何でも」そういって目を覗き込まれたのです。

 

その時、私の中で何かが壊れた気がしました。

 

肩の力が抜けた状態で、私は順調に審査内容をこなして合格できました。ずっと指導に当たっていた例の先輩も、「やあ良かったね」と珍しく笑顔で肩を叩いてくれたのですが、私は余分な感情を入れずに「ありがとうございます、先輩のおかげです」と笑顔を返すことができました。

 

主人に目を覗かれた日、私は自分にもやもやとつきまとっていたこの先輩への想いは、試験や向上心という未知の興奮状態に対して、心が生み出した副作用なのだとようやくわかったのです。正体が見えた感情は、その甘やかな余韻だけを残して、私から抜け落ちていきました。静かな失恋の瞬間でした。

 

以来、私は相変わらず元気にお稽古を続けていますが、この先輩に対しても「とても上手な、こうなりたい目標」として明るく素直に接することができています。